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世界ナゼそこに?日本人に出演される戸島國雄(とじま くにお)のWiki風プロフィールをまとめてみました。
今となっては当たり前となりました似顔絵捜査ですが、実はこの戸島國雄さんがきっかけを作りました。
その人がなぜ日本ではなく、タイにいるのかを調べてみました!そこには驚きの秘密が隠されていました。

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戸島國雄のwiki風プロフィール

[名前]
戸島國雄(とじま くにお)

[生年月日]
1941年1月1日

[年齢]
75歳

[特技]
柔道:講道館 6段

[職業]
元警視庁鑑識課で36年在籍

TwitterやFacebookもしくはブログなど戸島國雄さんが情報発信していないかと調べてみましたが、執筆段階では存在が確認できませんでした。
Facebookには同姓同名の方がいますが、恐らく違う人かと思います。

戸島國雄さんですが、元々は警視庁鑑識課で36年も在籍された超がつくほどの大ベテランです。
愛称は「似顔絵のトンちゃん」です。

当時、日本ではメジャーではなかった似顔絵捜査をはやらせた張本人で、知る人ぞ知る方です。
現在は警視庁鑑識課を引退し、「タイの科学捜査の発展に尽力」されているということで、海を渡ってもバリバリの現役です。

家族については、嫁がいましたが1994年の時、白血病で永遠の別れとなりました。

戸島國雄の経歴

1960年(19歳):自衛隊に入隊
1965年(24歳):警視庁巡査となる
1967年(26歳):警官となる
1970年(29歳):警視庁鑑識課へ就任(現場写真係を担当)
1976年(35歳):似顔絵を初めて捜査に使用する
1995年(54歳):警視庁海外派遣の試験を受験し見事合格する
1995年(54歳):タイ警視庁へ赴任
1998年(57歳):日本へ帰国し、警視庁似顔絵捜査官が設立される
2000年(59歳):初代似顔絵専門捜査官に任命される
2001年(60歳):警視庁を定年退職
2002年(61歳):JICAシニア海外ボランティアとしてタイへ再度赴任する
2011年(70歳):現役を引退して帰国

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戸島國雄が似顔絵を初めて捜査に利用

1976年と言えば、まだまだIT機器が発達しておらず監視カメラやドライブレコーダーなど犯人を的確に捉えることが出来る機器はまだありません。
そんな中、事件が起きた時に効果を発揮するのが「目撃者の証言」です。

しかし、目撃者の証言は時間が経つごとに当時の記憶が曖昧になってきます。

当時、モンタージュ写真が主流でしたが「モンタージュ写真は作成に時間がかかる」ということで、記憶が鮮明なうちに犯人の特徴を捉えることができる似顔絵が良いのではと戸島國雄さんは考えました。

それがきっかけで、戸島國雄は似顔絵作成を始めることになります。

最初は、もちろん周りの刑事たちも困惑したことでしょうが、似顔絵を続けていくうちに犯人の検挙が増えてきて実績となります。
そして、犯人の似顔絵は有効な手段であるという考えが強くなってきます。

戸島國雄はなぜ似顔絵を始めたのか?

先程紹介した、モンタージュ写真の作成に時間がかかるということも1つの理由となりますが、その根本としてはあなたもご存知かと思いますが、「3億円事件」が大きく影響しています。

3億円事件は時効を向けてしまい、結局犯人逮捕に繋がることはありませんでした。
それが1警察官としては許されずに、目撃者の証言が鮮明なうちに素早くそして特徴を捉えることができる似顔絵に着手したということになります。

もちろん、この当時にはスマホや携帯電話がなく、PCもまだまだ家庭に普及はしていません。

戸島國雄はなぜ再びタイへ赴任したのか?

1995年に赴任し、その後2002年にも再度タイへ赴任しています。これはなぜでしょうか?
タイ政府からの強い要望があったからと言われています。

ちなみに1995年にタイへ赴任した理由としては、嫁と永遠の別れがありその辛さから逃れるためとされています。
家に帰っても返事がなく、一人…少し前までは当たり前だった生活が二度と戻らないと考える…
そんな気持ちがあったに違いないでしょう。

また、それだけでなく、「新天地でもう一花咲かせたい」というバイタリティもあったとされています。

年齢的に60歳を過ぎてもまだまだ自分は現役だ!人のために役に立ちたいという強い思いが、戸島國雄をタイへ赴かせたことでしょう。

なお、2回目の赴任の際は、タイの国家警察No.3である「大佐」の階級を与えられるほど、国賓級の扱いを受けてのことでした。
それほど、戸島國雄の手腕がすごく日本だけでなく世界中でも通用することが証明された瞬間でした。

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